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癒す…or not癒す…それが問題だ

人を「癒す」仕事をしている人なら、誰でも一度は考え込んでしまうことではないかと思うんじゃが…

癒したいから癒されたい人が出てくる

誰かを癒したい人が居る限り誰かに癒されたい人はなくならない

って聞くことありませんか。

昔この言葉は大嫌いでした、だって、癒されたい人は現に、そこここに居るじゃないの、そんな禅問答みたいな考え、どうしようもないやって。

でもいまは、なんとなく、そうなんだろうな…と感じている。

こないだ、ニューヨークのカリスマ的凄腕のキネシオロジストのりこさんが、来年の秋ごろまでだっけ?セッションの予約がとれないほどになって、予約を受け付けるのをやめたと聞いたときに、ふとそれを思い出した。

癒しても癒してもクライアントが減るどころか増えて行く。

この世にはそんなにも、深刻な状況のクライアントが数えきれないほど、いるのかと。

 

津留さんが、「癒さないと、決めなさい」って書いていような気がする。

自分の内的世界が、そのまま外的世界になっているよって。そのことは、魔法学校の先生もおっしゃっていたが、実に深く、わたしの中の深いところに碇(いかり)を下ろして久しい。A Course in Miraclesでも、世界の平和を願うなら、自分の内面を平和にすることとあるらしい。

 

どこまでいっても内面の世界…

 

先日、ある集まりで、友人2人が「世界から戦争はなくなるか」という話をしていた。わたしはぼんやり聞こえるにまかせて会話には入らなかった。わたしの答えは、決まっていた。(彼らの話は、この文脈のものではないんだけどね)

どう思いますか。

わたしたちが、一生懸命ヒーリングの輪を広げて行ったら、一生懸命クライアントを癒して行ったら、世界は平和になると思いますか?

それとも、クライアントが増えるだけだと思いますか?

恐ろしい、血も涙もない質問だな〜。仮にも、わたし施術者なのにな。

わたしはこれらを、とても大きな命題だとずっと思っているけれど、このことを話すことは滅多にない。困っている人を癒したい、癒せる人を増やしたい、と活躍する人たちを、とても心強く思うし、こんな話はたぶん無意味で、

なによりこれは、自分の中で帰結させる話なのだ、元来、人に話すものではなく、自分を見つめるためのテーマだ。癒したい癒されたいがエンドレスに展開する現象を、全部自分の中に見るべきテーマなのだ。

…ではブログに発信する意味って…な、ないよね…ううっ、こ、これは日記だ…!(苦し紛れ)

じゃ、じゃあ例えば…

自分が満たされていないとき、自分には不足があるという思いがぬぐえないとき、人のことは良く見えるものでしょ。収入や容姿、パートナーや子どもの有無、能力、人気…他人との違いに愕然としたり落ち込んだり。そんなときに、他人と自分に違いなんてないんだよと聞いて、ああそうだよねって納得したってメッキの慰めに過ぎない、すぐ剥がれて落ちる。

でも、本当に自分が満たされている時、不足感がなく、十分ありがたいなあ、って深い部分で思えている時、他人と自分とのちがいなんて存在しないことがわかるわけです、たとえ収入や容姿エトセトラの違いがあったとしても、本質的に、なんの優劣も上下もないことが、わかるわけです。

それと、似てないかな。

似てないか!ちがうか!

う〜〜ん…

まあいいか…

(まあいいかで終わるブログ!ひどい!)

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