丹田かハートか<言葉の解釈の巻>

パワーかフォースか、みたいなタイトルですが、意識の置き所について。

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本当にイラストでお金もらってたことがあるのかな、というくらいにはひどいイラスト…なんだか考えちゃう…でもこういう、ひど過ぎるの好き…(どないやねん)

何年か前にも、同じような話題が耳を通り過ぎたような気がしますが、これは先日の話。

わたしがフェイスブックでフォローしている仙人みたいなおじいさん?おじさん?が、oshoの講話で、「なるべく丹田に居なさいね」というくだりを紹介されてて、それが良かったんです。

でも、前置きとして、「なにかいやなことがあったとき、意識が頭にあるとやめようかどうしようか悩むだけだし、意識がハートにあると感情に溺れるだけ、意識が丹田にある人だけが、すぐ決断できる」という意味のことを書いてらして。

意識がハートにある人は感情の波に飲み込まれる?いやいや、まさか!ハートはそういうところじゃないもんね?

ということで!

こういう形而上学的言語に関しては、同じ言葉を使っていても指すものが違うってことが多いと感じるようになりました。結構みんなそれぞれの次元から発信しているので(そう…話してて、あ、違うもの見てるな、と気がつくことはちょこちょこある)、言葉による意思疎通は今後いよいよ当てにならなくなっていくのでは…。

例えば宇宙。宇宙の解釈はほんと人それぞれじゃないかな〜〜。わたしにとって宇宙は、「守られているという絶対的安心感」を3次元的スケールに表したもの、または、ちゃんと外宇宙があって、銀河系があって、いろんな存在がいて、わたしの仲間がいて、わたしの故郷があったりします。でも、人によれば、宇宙=神の意識、のような感覚で、豊かさをくれたりメッセージをくれたりします。

例えばワンネス。わたしの体験ではワンネスにおいてはひとりひとりのアイデンティティは存在しないんだよなあ。そんなワンネス想像してみて、怖いと思った?意味がないと?それエゴの声だと思うんだよね。でも、みんなのアイデンティティはそのままで、一つの意識になれる、それがワンネスと思っている人もいる。たぶんこっちが多い気がする…。わたし、こっちの解釈も好き。

これは正誤の問題ではなくって、解釈が違ったり、指すものがちがったりするってことだよね〜〜。

また、それぞれで主に居る次元が違うと、話しててもすれ違うというか…例えば普段からバンバン見えないものが見えたり、いろんな存在にメッセージを下ろされている人に、「誰も居ない」っていう感覚を伝えることは難しい。どちらも、あまりに圧倒的な現実だから。

施術すること、お金払うこと、受け取ることについても、居る次元が違うと話がまったく噛み合ない(笑)。

他にもいろいろ。魂って?スピリットって?二つは違うの?同じと言う人もいれば、違うと言う人もいるね。

じゃ、この、ハートっていう言葉の解釈なんだけど、仙人のおじさんは、これは感情センターとしてのハートを言ってると思います。わたしがハートというときは、「空」を言ってるんだと思う…あるいは「空」に近いもの(わたしが「空」をわかっているかどうかわからない)…「空」の解釈がそれならば、話だけど(笑)。なにもなくって全て在るところの、…なんというか…目覚めた意識そのものというか…あはは、それをハートっていうほうがマイノリティ?(笑)。でももうわたしのハートの解釈はこれなんだなあ…。

 

で、ですよ、丹田と、ハート!やっと本題!

人は普段、どちらに意識を置いていたらいいと思いますか?

いや〜わたしはハート一択!って感じだけど、丹田にいることはこういうことだと、oshoが言ってたと書いてあったんです。

あなたの全生命力に、

強力な中心が、生まれるだろう。

ただそこを、見つめればいい。

それだけで、それは起動する・・・。

生全体が、

このセンターを中心にして動くのを、

感じるだろう。

生は丹田から始まり、丹田で終わる。

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なるほど〜〜!確かに丹田は大事ですよね。ハラ、ですよね。わたしたぶん、丹田よわよわに違いない…。

丹田に意識を置いて過ごしたことないなあ〜と思って、なるべく普段意識して丹田に意識をおいて、で、瞑想をするときに、丹田に意識を置く、ハートに意識を置く、という二つのことをいま実験しているわけです。

あまりに長くなったので、次回に分けます。長いやつは読まれないんだって!(しつこい)