読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

わたしがプレゼンスにこだわる理由はこうだ

描いたり思ったり

完全に、いまここに在る、この瞬間に対して明晰である、一瞬一瞬に意識的である状態って、どれくらいの人がそうあるんだろう??

https://www.instagram.com/p/BKGcnmPAUV_/

最近曼荼羅にピンク系が選ばれるように…鬼の霍乱か

以前レナード・ジェイコブソン氏のWSに参加した時、彼が言っていたことには、スピリチュアリスト達が集まるリトリートセンターのようなところに行った時、多くの人が集まっていたが、プレゼンスしている人は居なかった、と。(彼はひと目で相手がプレゼンスしているかどうかわかるらしい)

初めて『ニュー・アース』を読んだあと数日、わたしは苦もなくプレゼンスの状態にすぐ入ることができていたのだけれど、お風呂で肌に触れるお湯のやわらかさ、美しさ、草木の圧倒的な生命、椅子や机の躍動感、そこに、生きている人が居る驚き、すべての存在からみなぎる愛、本当に幸せな時間じゃった。

そこで理解したのは、いまここに問題は存在しないこと、癒されていないとかは幻だということ、本当に本当に、今しか存在しないこと。それはもう、あ〜〜〜〜〜エックハルトが言ってるのはこれか〜〜〜〜〜〜という、深く静かな衝撃でした。

また、いまここに完全に居る時には、なんていうんだろう、通り過ぎる風景、ってのはないですよね。すべてが、愛と生命で、完全な姿でそこに在って…ってこれはいくら描写しても陳腐にならざるをえないんだけど…あ!いま素晴らしい表現を思いつきました!

解像度がちがう!

あれこれマインドが過去未来に飛んでる普段の視界を解像度の低い、荒い画面だとすれば、完全にいまここに居る時の視界は、高い高いキメの細かい解像度って感じです。

そう、世界が違うんです、まったく。

わたしも、なんだこりゃ!?って驚きました。相当驚きました。

というのは…わたしはず〜っと、多分他の多くの人より、全く今を生きていなかったからです。

ほぼ白昼夢を生きていました。ジャニス・ジョプリンや夭折した憧れの存在達に自分を重ねてストーリーを作ったりしてた。(笑わないで〜)

漫画を描いていたので、そのストーリーを、こうしてああしてあの子はこう言って…とか、いつも頭の中で描いていたし、ときにはその中に自分を生かしたりしました。

本も読みあさっていたので読んでる最中も、読んでないときもその世界にどっぷりハマっているタイプ。電車乗ってるときとかも本、歩いてるときは音楽聴いて、その中に没頭してどこも見てない。

いわゆる、まったく、1ミリグラムも、グランディングできてない人生だったのです(笑)。

そんなわたしが、プレゼンスしたときの衝撃をわかってもらえるだろうか…!?

そりゃ思いますよ、なんだこれって。世界ってこんなんだったの?って。

自分がダメ人間だと認識して生きていましたけど、プレゼンスしてみたら、ダメ人間じゃなかった、というより、素晴らしいとかダメとかいうジャッジそのものがないんです。これしかないの。

そこからもう少し、「あれ、誰もいなかった、ライフしかなかった」みたいな一瞥がちょこ、ちょこ、とあった他は、またプレゼンスも難しい日々になったり、またまた出来たり、またまたまた出来なかったり…

でも、なんだか、いまここに居る方が、断然幸せなんですよ…ストーリーはなくなっちゃいますけどね…

それは間違いないですよ…

(眠さが襲って来たので唐突に終わるのであった)

https://www.instagram.com/p/BKGcT_XgxbL/

曼荼羅一緒に描きまへんか〜〜☆