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肉体について現在の所感

自分がボディワーカーであることが大きいと思いますが、ずっと、肉体を神聖視してきました。

https://www.instagram.com/p/BJqBSaUA8AU/

肉体を描くのが好きでした。まるでそこに本当にいるように、からだを描くことが喜びだったので、ハッ!いま気づいたけど、そりゃあからだにこだわる人間になるわな(笑)

肉体は、神殿だ…

なんて複雑で不思議で、精密でそれでいて御しがたく、強靭で、ときにもろく、なんて神秘的なんだろう!って思って来ました。

まず肉体。ボディワーカーならそう思う人多いんじゃないかな。解剖生理とか学んでいて、「うっそ〜ん!?」っていう機能満載なわけですよ、肉体って…!

 

肉体は乗り物、モビルスーツみたいなものだ、と言われることもわかってました。でも、それもそのとおりだと思うけど、最も丁重に扱うべきものだ、もっと高位に扱うべきものだと、実は割と最近まで思っていました。

いろんな癒しの事例を見るにつけ、「やっぱ肉体だよね」という信念を強くしてきた。この信念は結構強かった。プレゼンスにこだわるいまも、肉体を入り口にすると入りやすいからね。

ところが!

 ユ、ユ、ユクテスワ師…!?

ま、マジで言ってるんですか!?間違ってないそれ!?

ユクテスワ師でも間違いはあるからね!?

まったく…師ともあろう方が…ぷんぷん。

…でもなぜかこの言葉、長くわたしの中でひっかかり…

なぜなら、わたしもちょっと、「肉体は、素直すぎるぞ…」と思うところがあったからです。

この素直さ…従順さ…叡智によるというより…言いなり…に近い…のでは…

鈍感になるよう扱えば鈍感に、敏感になるよう扱えば敏感に…

 

ついこのあいだ、とある方がブログで、帰省した時に食生活が変わって、からだが大変なことになり、寝込んでしまってベッドから出るまで2週間かかった、というようなことを書かれていた。

その方は、何の食べ物の何の成分が原因だったか筋反射テストで見極めておられ、とても興味深く読んだのだけど、しばらくして、師の、「それなりにもてなせ」が思い出されて来た。

農薬や合成物や、精製しすぎたものや香料などの化学物質などを、可能なかぎり排除してあげると、肉体もそれに合わせてくる。

経済的物理的環境に合わせて、まれにジャンクも食べるときがあったりするけど、まあ可能なときは上記のようなものの入っていない食事を心がける、となると、肉体もそれに合わせてくる。

当然インスタントやジャンクばかりだと、肉体からやられてなんらかの健康障害や感情的な問題を遅かれ早かれ持つようになるだろうが、それまでは黙ってそれに合わせてくるわけです。

「肉体が悲鳴をあげる」とか、「不調は肉体からのサイン」という捉え方でなく、単に扱いが悪くて壊れている、とも言えるわけだよな…肉体は、限界が来て壊れるまで、ただただ、受け入れる。

これをお友達にぶつけてみたのね、そしたら、

 

「肉体は、道具ですよ。やっぱり、道具なんです。」

 

不思議に、すとーんと、腹に落ちました。(言い方がまた絶妙だった)

道具か〜〜〜〜〜。

そうか〜〜〜〜〜〜。

肉体は、こちらの扱いに無制限に答えてくれる。従順な友人。でも、受け入れるだけだから、信用がないっていうのは、そういうこと。

なるほど…。。。。

わたしの強固な「肉体神殿」観念が剥がれ落ちた瞬間でした。

あ、

でもだからって、肉体がアナタを愛しているというこの記事と、矛盾するわけではありません。肉体は、愛でできてて、愛そのものです。そこに叡智だなんだと人格のような解釈をつけてわたしが祭り上げてただけなんだな。

肉体は道具。

道具は愛。

愛は肉体。

ってことで、いっちょどうですかー!

どうでもいいですかー!(どうでもいい気がするー!書き終わったらいつもそう思ってるー!でもせっかく書いたんだしアップするー!)