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断捨離って変な涙出るよね

描いたり思ったり

前回の記事「断捨離って変な疲れ方するよね」からうっすら続き

先日三枝龍生先生の整体を受けて、更に3ヶ月断捨離続けてごらんとアドバイスをいただく。

前回自分としては「ここは触ってはダメでしょ」という場所まで手を入れているので、はっきり言うともう何を処分したらいいのかわからない。

しかし、まだ物がたくさんあるのだけはわかる。

ある、ない、あるけどない、ないけどある、

を、ぐるぐるしていると、何かがせりあがってきます。

何を捨てればいいのかわからない。

もう捨てる物などない。

いや、山ほどある、それも、使っていないものがある。

いつか、理想の生活に戻った時に、また使おうとしまっておいたものが。

なんてふがいない。

物が溢れている。

溢れているのに、わたしにはどうすることもできない。

物だけが溢れている。

わたしは身動きがとれない。

物がただあるだけにまかせられている。

命を吹き込まれぬまま。

物が物に成り下がっている。

わたしにはどうすることもできない。

何を満たすために手に入れてきたのか。

物の中でただ泣いている。

無力で無様だ。

 

断捨離をしていると、思わぬ感情のピンが抜かれることがあるようです。

すっごい空しさに襲われたりしました。

物は記憶のトリガーポイントでもあります。

物を捨てるって、そんなに簡単なことじゃないよね。。。

大げさだなって思うんだけど、でもそのときは、うわーってなる(笑)。

わたしはもともと集める性癖があり、でもある程度極まるとガーッと壊して捨てる性癖もあるので、人と比較して物量がどの程度かわからないんですけども。

断捨離なんて、意識高い系の人がやっときゃいいんだよとかなりハスッパな目で見てました(笑)。ツイッターで、「断捨離とは、断:断っておくが 捨:捨てないし 離:離さないぞ である」って読んだときには思わず快哉を叫んだほど。

でも今は、どこまで自分を支える価値観や、ストーリーや、自分だと思っている自分を捨てられるか、やってみている。これまでの人生は、どれだけ自分らしく、何をもって自分とするか、何をすれば自分なのか、そんなことばかりに血道をあげてきたけれど。

物が増えれば増えるほど、境界線が強まる気がします。それが大事な成長期もあったけどね、濃い自分になりたかった。

今は、薄く薄くなりたいです。何をしていれば自分らしい、という反対に惹かれてやまない。あ、自分って、空間だったんだ、って思えるまで。(も〜、スピッさんはこんなことばっかり言うとるわ)

 

不惑の思春期かしら?

 

えっ?更年期…?

https://www.instagram.com/p/BFtSwRDGl73/

古い精油をどうするかは悩みどころ。無理矢理芳香剤に…複雑な香りが漂っております(笑)。