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「わたしが」が枯れるとき…

おや〜〜ブログの更新がちょっと空いちゃったですね。

わたしはお元気にお整体しております。ダブルブッキングやらかしたりはしてましたけど…プライベートでもちょっこし悩ましかったりしますけど…

あらゆる人生の悩ましいことは、関係性から生まれると聞いたことがありますが、ま〜そのとおりですよね!その究極は自分との関係性であるのだぞ、と。ね。

ほいでね、あれ、なんだか苦しいな、というときはたいてい、「わたしが」「わたしが」っていう思考になってます、わたし。

どういうことかっていうと、えーと、例えば、「わたしは」こう思うのに、「わたしは」どうなっていたいのか、「わたしは」なんでできないのか…

「わたしらしく」なんて10代から模索やってきて、うまくいった試しなんかないのに、まだ「わたし」を際立たせたいと思う瞬間がある、もうそれが、わたしの無駄なあがきです。わたしでないとできないこと、◎◎と言えばわたし、というものに成る、または出会うことが悲願だったし、ほとんどコンプレックスみたいだったから。

いま、何度、「わたし」から解放された瞬間を体感しても、それでもだからねえ、根強いんだ!

 

「わたしが」、「わたしが」、が枯れるとき…

という表現を聞いてね、ああ〜…って。ね、わたしは、これを聞いた時、リラックスして、しかも力がわくような気がしたんだよね。

 

あとね、そう、このあいだ「バカリーマン」なる人が言ってて、よし、わたしもそうするって決めたことがあってね、年収1千万だそうなんだけど、大事なのは、「プライドを捨てる」、「バカになる」、「超速行動」だったかな。その、プライドを捨てるっていうのは、「わたしが」が枯れていくための一助となりそうだなと。

いやね、わたしだって、あるんですよ、例えば仕事だと、同業のあの人の方が履修数が多いし経験豊かだがどう違いを生み出し差別化するかとか、お世辞にも根アカと言えないわたしよりあちらに人が集まるのはしょうがないとしてもそれでは仕事が勤まらんわけで、どこをどう変えればもっとウエルカムなわたしになれるんだろうとかですね、いろいろね。プライドがね、バカだな。

でも、それらを考えても、その対策が、例えばうまく行っても、似たような悩みがまたあらたに生まれるのは、容易にわかるじゃないですか。「わたし」を強調しようとしてうまく行ったって、また比較対象が変わって別の悩みが生まれるんだ、ずっとそうだったんだから。

だからわたし、「わたしが」、「わたしが」、なんて、もういいや、そもそもないんだし。枯れていけ、そんなもん。それで今年一年、うまくいかなかったら、そりゃあ撤回します(笑)。

わたしわかったの、他の人がうらやましい時、比べて落ち込む時、それは、すっごい、「わたしが!」ってなってるときだよ〜。

「わたしが」、「わたしが」、が枯れた時、ほんとに、ありのまま〜って感じじゃないかな。

【まとめ】

・「わたしが」、「わたしが」という思考になると、苦しい。水中でもがくに似ている。

・「わたしが」というわたしの押し出しが枯れていくと、そこから本領発揮じゃないでしょうか。(2016年を使って検証)

・その際、プライドを捨てる、ということを決意しておくと変な自分意識が壊れていくんじゃないでしょうか。

・プラス、今年は、「正直」もキーワードですよ。このことで壊れるなにかもありそうですが、みんなで壊せば怖くない。キミも正直になろう。

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↑家の石垣のサネカズラ。

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↑家の庭に潜んでるよその猫