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あなたの世界とわたしの世界は重なっているが別である

先日わたしは、奇妙な体験をしました。

気がついたのは車に乗っている時。わたしは自分が、時間のない今にいることに気がついたのです。

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たぶんこれを奇妙な体験とは、本来呼ばないのでしょうが、静かで、ただ、風景がある、なんの意味合いも含まれずに、過ぎ去っていき、わたし自身にも、なんの意味合いもありませんでした。

もうひとつ気がついたことがありました。いま見ているこの風景は、わたし独自の風景だということにです。わたしは助手席に座り、運転者が隣にいましたが、同じ地域の同じ道を走っているにも関わらず、わたしの見ている世界は、運転者の見ている世界とは、異なっているのだとわかったのです。

いや、もちろん、みなそれぞれのフィルタを通して世界を見ているとはわかっているのですが、はっきり言ってそれどころではなく、その違いは…そう、この感覚は、そうだ!あれだ!あの小説!

「都市と都市」という、ミエヴィルのSFを読んだことがありますか。傑作なんですけどもね。

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(余談ですがわたしは、「都市」と名のつく話に弱いのです。都市、というだけで、どれだけ美味しいミステリが生まれることでしょう!ああ〜かっこええ〜)これは本当に驚愕する設定でありましてね、ある2つの都市国家が、地理上同じ位置に存在するのです。同じ土地に、2つの国家が、重なって。物理的な境界はないが、厳然と区別されている。どういうふうにかというと、お互いにお互いが、見えないものとして振る舞っているのです。相手は存在しない、そういうふうに棲み分け、自分の国の法律のもと、生活している……。。。

すごい設定でしょう!?天才か!

でも…これは、まさにわたしたちの存在の仕方そのものではないだろうか?同じ風景をみていても、視界へ入れるために選択する対象物がちがう。

わたしたちが普段、「フィルタを通して」と言っているよりも、もっとえげつないほどの取捨選択が行われているのではないだろうか?

わたしたちは、相手と、大胆なほど、また繊細な具合に、違う世界を共有していることを、全然わかっていないか、すぐ忘れてしまうか、また、認識し足りないか、そのどれかだと思いました。いまよりもっと、相手の世界とわたしの世界はちがうのだという認識をしても、やりすぎではないのかもしれない、と、その風景を見ていてわたしは思ったのです。

だからどーだ、って思いましたですけど、大事なことを見た、というふうにも思いましたです。

そんな体験のシェアでした〜。誰かのなにかのヒントに、なったらいいな、ならなくてもいいze!

 

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その日は空もなんだか変でね、空の写真もいっぱい撮りました。よかったら、見てみて〜☆☆(一番上の写真の怪しい○は、反射です。)