お盆ぽい日記

うひょ〜、またまた日が空いてしまいましたね!自分の中からね、外へ出すまでのことがあまりないんですよね。考えたらアウトプットしてた日々が不思議なくらい。ど〜すんですか〜〜。まあ、成るがままですよのう…。

で、今日は8月15日、終戦の日ですね。昨日戦後70年安倍総理の談話がありました。わたしたちは今、平和について、戦争について、これからの日本について、たくさんの知恵を出し合う時なんだなと思います。良くも悪くも、安倍さんが世界を巻き込んでいる。

こういうときに、スピリチュアルな考えに過剰に傾倒していた以前の私は、こういった政治的、経済的な動きを軽視しがちだったのですが、現実的なエネルギーの動きを無視して、スピリチュアルな話はできないなと今は思います。ちゃんと勉強してたい。いやもうほんと無知で、お恥ずかしい話(笑)。それが正しいからと思ってるからじゃなくって、そのほうが、わたしにとって、勉強になるからです。

で、今日の本題は、どっちかっていうとお盆とつながる話なんですけど、いや、つながるんかいな、まあいいか、えっと、

無くて七癖という言葉がありますよね。わたし最近、この言葉、なめたらあかんなー!と思っていてですね、実は、これまた恥ずかしくって本当は書きたくないんだけど、人から「食べ方が汚い」と指摘をですね、受けたことがあってですね…およよよ(泣)。指摘されたのは咀嚼音(くっちゃくっちゃ、ではなく、もくもく、という音がするとな。まったく気がつかなかった…)、咀嚼している間に箸で食べ物をいじくること、でした。

衝撃でしたねえ…すっごい恥ずかしかった。いつからだろう?って考えました。当然、食べ方なんて、幼い頃培うに決まっているので、両親の食べ方を観察することにしました。両親のテーブルマナーは割と普通だと思っていましたが、思っているのは、わたしが親からもらった観念上、そう思っていただけかもしれません。

ある日、両親と食事をしたときに、観察しました。そしたらね、もっくもっくの咀嚼音は父親、咀嚼している間に箸で料理をいじくるのは母親でした!それを発見したときは、開いた口がふさがりませんでしたよ〜〜。だって、こうやって食べるんだな、って意識的に学んだ覚えもないのに、わたしは2つとも、それぞれから受け継いでるんですよ!?もう笑えました。

あとね、最近幼なじみと話をよくするんですけど、そのときの、幼なじみの、ある語り口が、その幼なじみのお母さんの口調とそっくりだということに、最近気がつきました。彼女(幼なじみ)が、諭すように説明するとき、彼女のお母さんがそうしていたのと、そっくりだということに!(そして、「正しい」(と彼女が思うこと)を、相手にわからそうとする、その行為自体を、彼女は受け継いだ)

こういうことは、探せばいくらでもあると思います。それこそ、たぶん自分では気がつかない!こんな些細で、気付きにくい、こんなのちょっとした仕草やクセだけじゃなくて、考え方のパターンとか、何が正義か、何が禁忌か、そんな偏りまで、たぶん、学ぼうと思ってなくても学んでしまっていると思いませんか??

わたしはそれを、うへえおそろしい、と思いましたが、でも、よく考えたら、逆もまた然りなんですねえ。この長い歴史のなかで、天変地異があり、戦争があり、その中を、なんとか生きつないでわたしまで伝えて来たDNAには、それこそ、生きることができなかった人の分まで、智慧がいっぱい詰まっていて、それでわたしたちは、苦しいことや悲しいことがあっても、なんとか生きてこられている、そんな側面が、間違いなくあるんじゃないかなって。

仕草やあらゆるクセ(思い癖も)が学ばずして学んでしまっているなら、ここまで生きつないで来た智慧だって、学ばずして学べているはずだよな〜って、思ったんですよねえ。ねえそれはどんなところでしょうかねえ。おじいちゃん、おばあちゃんは、わたしたちに、どんな智慧をバトンしてくれたんでしょうか。

ということをですね、帰省していた姉や姪を見ながら、ふと思いましたです。

DNAを通して、表現したいことってなんでしょうねー。

ということで、ちょっとお盆ぽい日記でした。

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マグリット展に行ったのです。