フラット万歳、偏り万歳

恐れが隠れている

わたしね、学生の頃から、誰に対しても、無意識に「この人いい人、素敵な人」認定してました。「あの人の、どこが!?」って友達にあきれられることもあったけど、わたしはそれを、自分のいいとこだなって思ってたのね。そもそも、わたしがいい人認定してる彼、彼女が、実はそんなに評判が良くないだなんて、全然知らない。だって彼、彼女、わたしに何にも悪いことしてないもん。だからほんとはいい人だよ!って思える自分は、けっこういいじゃんと。

実は最近ね、それって、恐れからそう思ってきた部分があっとことに、なんとなく気がつきました。もちろん、全てがそうというわけではないと思う、純粋に、みんな素敵と信じている自分もいると思う、でも。なんか上手く表現できそうにないけど、言うなれば、みんな「わたしより」いい人なの、「わたしより」素敵な人なのね。「わたしなんかから見れば」って感じなの。

例えば、わたし数多活躍しているセラピストさんのことを、無意識に、ものすごく人としてバランスされてて完成度が高いに違いないと思って来ました、「わたしより」、「わたしとは違って」。

凸凹こそ愛おしい

今年に入って急に「わたしって、なにもしなくても結構わたし(笑)」という、意味の分からない強さが強固になってきて、ずいぶん視界がフラットになると、いままで「すごいな〜えらいな〜、わたしとちがって…」認定してきた世界が、めっちゃ普通に見える。もちろん、えらいな〜!すごい!って思うけど、「わたしとちがって…」は入らなくなりましたし、それどころか、特に最近思うんだけど…みんなめっちゃ偏ってるし!もうこれにはびっくり!凸がすごい人は凹もすごかったりしてる(笑)わたし最近まで気がついていなかったんだって!この発見を友達に報告したら、「ようこさんラブリーだね〜」って謎の褒め方されました。。。褒め…褒められたんか…?

でね、でね、その凸凹がその方の世界で、唯一でユニークで、素敵で、わたしや世界への恩恵なんだ!って腹に落ちた!

ちょっと話が飛ぶけど、前にIHしてもらったとき、本当に自分に自信がなくて、まわりの活躍に反応してしまう自分が悲しくて。だって周囲を見てるとさ、みんなセラピスト同士でお互いの活躍を自分のことのように喜んでるでしょ?みんなエラい…そんなふうに喜べて…(涙)って思ったもんだから、目標に「周りの人の活躍をわたしも喜ぶ」的なことを盛ろうとしたら体がオッケー出さなくてねえ。その言葉を自分で感じても虚しいだけでさ。「…欺瞞だな」とつぶやいたら、体が「ええ、欺瞞です」って言って来て大笑いしたことがあります(笑)。

今フラット視野で周りの活躍を見ると、例えばある方があることを成したとして、何を成したかは、わたしにとってはただの出来事のひとつなんだけど、その方自身を感じたときに、その人の凸凹が世の中に恩恵をもたらしたことへの喜びみたいなものがじわじわと溢れて胸が熱くなる。その方への感謝というより、宇宙への感謝の気持ちのような…ん?なんだかスケール大きいぞ(笑)。過度な賞賛や共感も偏りだと思うけど、これも偏りだな〜きっと(笑)3次元に生きている限り、偏りからは逃れられない、というか、偏りこそが、宝石のカットのようなものだもの。

こんなえらそうなことを書いてるとナニサマかという感じですが、いや普通に、深刻でエネルギーの重い思考先行で若干社会不適合な…やめよう、やめよう。いいこと書かなきゃ!ええ〜っとね(以下省略)

フラットな視界

そういうわけで、恐れからでなく、喜びからでもなく、フラットに見てみると、当社比、世界はもっとあるがままなんだなあと。(あくまで当社比。わたしのフラットはわたしの偏りでもある。)喜びから見ると、もっとラブ!とかハッピー!とかがクローズアップされてきて、それも楽しそうです。恐れから見るのはは、もう散々やって人生折り返し地点なのでいらん〜仲良くしすぎた〜(笑)

恐れって、結構巧妙にいろんなところに隠れてて、自分の意識を彩ってますよね。それが悪いわけじゃないけど、無かったらどんなことになるんだろう??って思う。ともだちのブログにも書いてあったんだけど、その選択が恐れからだとわかったのとわからないのとで、結局やってることは変わらないんだけど、より意識的というか、自分の声が聞こえやすくなったって。それ、いいな!

前に進むブレーキになるような、わかりやすい恐れもあれば、わたしの「いい人認定」みたいに、恐れが自分のいいところの片棒担いでてわかりにくいこともあると思うんです。上述の、「人の成功を喜びたい」も恐れが根底にあるでしょ?で、後者は自分で気付くのは難しいかも…。あと、自分で自分のことを裁いてると、わかりにくいかもです、というのはわたしがそうだから。自分を裁くのをやめるというのは、他のこと同様、決意のいる仕事ですが、やめる価値はあります。

やっぱり自己価値

そんなわけで、自己価値を上げれば上げるほど、世界はフラット視野になると思うんです。そこから、どこへ偏ろうと自由自在だと思うんです。できれば恐れに偏らず、他の方法を採用して、新しい自分の反応を楽しみたいと思うわたしです。(いつも〆が無理矢理な気がする…)

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もうそろそろええやろ、というタイトルの絵。なにがあったの(笑)