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嫉妬と向き合う*その2*

描いたり思ったり

前回のつづき。

物理的に離れれば、自然冷静になってきます。冷静になれば、その方には飛躍の準備が整っていたこと、自分はその方のようにすることは望んでいないことなどがわかってきます。だんだんわたしの嫉妬のどす黒い塊は溶けてゆき、あとは反省の日々。そうして、やっぱり悪いのはわたし、これだけの気付きが今回得られたのだから、もう大丈夫。と思いました。

しかしそうは問屋が下ろさんかったです…。今回思い出して、感情が揺さぶられるというほどではなかったけれど、悔しさや罪悪感からけっこうイロイロ考え込んでしまった。

結局、「こうで、こうで、こうなんだから、わたしの嫉妬はお門違いもいいとこ」という納得の仕方では、そのケースでは解決しても、たぶん、また違う場面で嫉妬することになる。なぜ、その反応になるのか、わたしの中のからくりを見ないことには、嫉妬の再炎とまでは行かなくとも、禍根が残るんでは。

「負けたくない」のはなんででしょうか。なんのためでしょうか。勝ったらどうなんでしょう?気分いいですか?うふふ…大きな声じゃ言わないけど…自分の方が優れてる…くすくす…という感じでしょうか。わー!ヤメテ!

もう完全に、比較の世界です、外側しか見てないですよねわたし。わたしの中味はどうなってますか。あったかいですか?くつろいでますか?わかんないよね、外ばっか見てたら。それが、あのときのわたし。

ああでもまあね、自分を責めたりなんかはしません、わたしゃ〜自分に優しいのですじゃ…。そろそろ、話の着地点が見えてきましたか。賢明な紳士淑女はもうおわかりです。なんで負けたくないって思うんでしょうか。そうです、ええそうです、劣等感ですよ。なんで劣等感を持ってるかって、ふっふっふ、自己価値が低いからですじゃ!(このブログのタイトルを「実録!自己価値アップへの道」に変えたほうがいいかな…)

自分の世界を居心地よくするためには、感情から逃げたらアカンということですね。ものわかりのいいのは、この際傷を長引かせるだけ。徹底的に向き合って、何度も包帯を替えてあげよう。何度も空気に触れさせてあげよう。なぜ?なぜ?と問いかけてあげよう。

なぜわたしではなかったの?なぜ彼女ばっかり?なぜわたしはできないの?

カードも上手く使うといいかもしれない。「ひぃっ」とビビるような厳しいカードが出て来て腹も立つことがあるかもしれないけれど、大丈夫、あとから必ず役に立つ。

この気持ち出しはちゃんとやっておくと、インナーチャイルドの声を聞くことができている気がします。どうだろう、そんな気がします。

なぜ?なぜ?がいっぱいできると、本当はどうしたかった、が、自然と浮かび上がって来る気がします。わたしの場合は、「ほら、やっぱりわたしはできないね」という現実を見るのが我慢ならなかった。(他者が「できる人」をやってくれるので、ひときわ「できないわたし」が引き立つ)→「できる」自分でいたかった。(悲しみ、憎しみfor me)→答え:自分の能力を低く見積もり劣等感を持っている、という、まあちょっと考えればわかるようなことでしたが…嫉妬の根はそのあたり。根本原因を見ることが必要なら、ちゃんとセッションで掘り下げていくのがいいのかも。自己価値あれこれなんてだいたいは、ちっちゃい頃まで遡るだろうから。

ねえ、自己価値が高ければ、自分を信頼していて、どんな自分にもとりあえずオッケーが出せるならば、人生の苦しみはほとんどないも同じだと思いませんか。それがわかったら、誰と何があったとしても、見るのは自分自身です。周りの人は、ありがたい鏡です。最近ほんとにそう思う。繰り返す反応は、メッセージ。何度も訪れるネガティブな感情なら、ものわかりよく処理してしまったらもったいないかも。

嫉妬でゴロンゴロンしてた時期に比べると、ずいぶんわたしも自分にくつろげるようになってきました。感情的にぶれても、もう座りのいいところを知っているので、戻ってくることを覚えたからです。ミニマムな感情劇場を、ただそれを味わいながら、大きく広がって包み込む。今回握っていた嫉妬のしっぽも、原因をちゃんと見ることでわたしの視線が変わったので、手放した感覚があります。

まあ、前回「嫉妬だけはご免こうむりたい」と書きましたが、別にやったらあかんという話ではありません。その体験は貴重です。ただ、強すぎる嫉妬の業火は身を焼いてしまうから結局自分が痛い(二重の意味で)、ということでござりまするな。

以上、ジェラシーのおはなしでした。

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三角が好きでのう…