正義感という名のほにゃらら

正義:

人の道にかなっていて正しいこと。
正しい意義。また、正しい解釈。
人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範。

正義感:

不正を憎み、正義を尊ぶ気持ち【以上、デジタル大辞林

そういうわけで(どういうわけ?)、先日おともだちのともこさんとメールのやりとりをしていたのですが、そのとき、話の流れで、わたしの正義感についてひとこと書きました。

わたしは自分なりの正義感が強くて、例えばある記事に反応して、SNSやブログでそれとなく批判し、わたしはこうありたいんだよね(こうするなら、こういう仕事してるなら、こうあるべき、という「べき」は使いたくないという浅知恵はついているので、自分の目指す姿です、という表現を使い、アンダースローで指摘するのであった…恥ずかちい)

ところがどっこいともこさんはそこをお見通しで、わたしがそういう記事をアップすると、「ようこさんの正義感が出たな」と思っていたそうです(笑)。それをさらっと、ある日ともこさんから聞いた時に、ボディブローのように長く響きましたよ、え?正義感って?何をもって…そんな…そんなこと言ったら…まるで…まるでわたし…

まあ気付いて見つめると剥がれ落ちるわけでして。反応して批判したい衝動って、今ほとんどなくなりましたねえ〜不思議ですねえ〜!。

なにに気付いて見つめたかって言うと、わたしにとって、「こうあるべきなのに」をわざわざ(しかしあくまでさりげなく(笑))人に知らせようとすることっていうのは、
自分の価値観を壊されないように主張したいって部分が大きかったんだな。

先日のメールでともこさんにちょこっとそれを書いたら、返信が同意できる&面白かったので、ともこさんの許可を得てその部分を転載させてもらいます。

正義感ってね、自分を守ることでもあるのかな、とわたしは思っててね。
正義感が強い人にいくつかパターンがあるような感じがするんだけど、
その中のひとつとして「自分の価値観が正しいと信じ込み、自分の価値観を主張すること/もしくは/自分の価値観以外は違うと裁くことによって、自分の居場所を確立させ、自分を守る」みたいな。
人生に置いて、かなり傷付いたり、苦労した人、あとは傷つきやすい人とかに見かけるのだけど。

あとね、地球人全体としてみると、いろんな人がいて、それでバランスが取れてるのかなぁと。
「オレが一番だぜ!オレがベストだから!!」というような人がいて
「わたしはダメだわ、、なにやってもダメ、、」ってな人がいるのかな、と。
このタイプのお二人、中庸のラインからの上下の振り幅が同じだと思うのね。
だから、すべての人を混ぜて「地球人間要素指数(あるんかいな・笑)」は、中庸になってて、まぁるくおさまってるんじゃないかなぁと思った。

 あるんかいな(笑)→「地球人間要素指数」

ともこさんの言う、「自分の価値観が正しいと信じ込み」というのももちろん、「わたし正しいよね?わたし正しいよね??」という同意を得たい正義感もあると思うんだ。それ前のわたし。

わたし、あらためて、人には凸があって凹があると最近つよく感じてね、もしかして、人間ひとりに与えられた体積は同じで、どんな凸や凹になってるか、だけの差なんだなあって。ともこさん、地球規模の凸凹論、恐れ入りました(笑)。

なぜこのトピックを書いたかというと、最近、いろんなところで正義の咆哮を見ることが度重なったので、なんとなくその〜照れると言いますか…でも見るもの触れるものは映し鏡なので、あとひとしぼり、自分の正義感と向き合うポイントなのかな〜って思った次第なのであります。

(正義感の主張なんかしてるやつはダメだ、と主旨ではござらんですよ〜)

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全然関係ないですけど、このケーキ、これで500円なんですけど、安くないですか!?この盛り具合でですよ!?地元のカフェなんですけど、味もサイコーなんですよ…これイチゴのチーズケーキです…美味です、美味…!