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洛中人は桓武天皇の夢を見るか(本当にどうでもいいはなし)

描いたり思ったり
京都市内に住む人(特に高齢者)にとって、
「先の戦争」といえば「応仁の乱」を指すと
笑い話のように言われていることは、実に本当の話です。
私が京都市内で整体のお店をしていたころ、
その地区の交通安全委員会に参加していました。
ちなみにあのあたりの自治会のメンバーは本当に高齢者ばかりで、
一度役がついたらほぼ終身、死んだので交代、というほど
人材がいません。いや、いるんだけど、若い人や市内に商売に来ている人たちは、
全く参加しないようで…
若い奴らが町づくりせな、地域の安全廃れまっせ…と老婆心ながら思う私。

東北の震災があって1年ほど経った頃だったか、何かの集会のときに、
その地震の話になって、交通安全委員会のお年寄りたちは、
「あのようなひどいこと思たら、京都は恵まれてまんなあ…
ほんま、カンムさんに感謝せんとなあ…」
それはそれはしみじみと話し合っておられました。
わたしも、ソウデスネ〜など話を合わせながら、
「カンムさんて誰やったかな…市長さんやったかな…」

正解:【桓武天皇
794年平安京へ都を遷した天皇風水学的に最高の吉相な土地をして、
風水や気学をガチガチに取り入れて厄災に強い都を作りました。


京都人の歴史観ハンパなし!!


愛犬フクちゃんの介護をしているとき、
もう本当に最期のほうで、苦しみ始めた時期。
彼女のからだをさすってさすって、ようやく痛み落ち着き
うとうとしはじめた、時間はたしか丑三つ時よ。
するどい地震が起こったわけです。
あれは…
あれにはぞっとした…
私はそのとき思わず、
「頼むで桓武さん!」と言ってしまいました。(←いろいろ間違っている)

わたしなんて洛外人ですから、普段から桓武天皇に感謝などしたことないけど、
京都市内に住む人は(若い人はわかんないけど)、
割とふだんからそうやって、京都の土地に感謝しながら暮らしているもんなのかな。
とふと思った。

ってここまで書いて、よく考えたら平安時代だって
厄災疫病にそうとう見舞われているよね…?
鴨川もよく氾濫したらしいし…。

ちなみに私はカンムさんが打ち捨てた
長岡京出身です(笑)。